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2014年12月8日月曜日

ふりだし、? ひと月で緊急ERCP

発熱は、癌などの悪いものを流してくれる
“めんげん”だと捉えたい。

だから、
38度を超えても、
そこまでバタバタしない、

発熱には意味があるから。




そう、
冷えとりをすると、
発熱も喜んでしまう傾向あり・・・・

今回それを、足元から見直し反省したCharm。
(いえ、まぁ、中では毒出ししてくれてたんでしょうけど。。)




今の主治医には「何を食べても良い」と言われたので、
すっかり元気を取り戻した母(笑)は、
私の誕生日にも一緒にケーキをツマミツマミ。。

その夜に38℃の発熱。


「やっぱり食べ過ぎたんじゃない、?
でもすぐに反応出るなら助かるね、
気をつけて!って体が言ってるんやわ」

そんな暢気な事を言っていた数日後、
またもや発熱。

通院日だったのでちょうど良いね、と診察していただいたら、




まさかの・・・




「今日入院してもらいます。
数値でも炎症を指しているし、
ビリルビンも上がっています。
ちょっと早いけど、2度目のステント交換しておきましょう。
早い方が良いから。
詰まる時は詰まるし、詰まらない時は詰まらない。
あまり考えても仕方がないので、ここは急ぎましょう。」


と、、
以前より緊迫した主治医の口調、。


胸騒ぎをごまかしていた私は、
またもや吐きそうに・・・。




でもでもでも!
ほら!
またタイミング良かったやん!!
部屋はこの前より良いところやし!
また見晴らし良いよ♪

そんな必死の励ましで、
ガックリきていた母をなんとか持ち上げ、

診察室を出る直前にコッソリ見せてもらった
腫瘍マーカー値に、



私の胸は、


とうとう、、


倒壊、。



ここへ来た当初の数値に逆戻り、
また悪化しているの、、?
せっかく頑張っているのに。
調子だって良いのに、。



どうしてどうしてどうして、、



呼吸がうまくいかないまま、
母の処置準備は進み、
その間、放心状態。



幸い、今回も交換はうまくいき、
本当にホッとしましたが、
胸につかえるあの数字が、
この日から私を毎日苦しめてます。



恐くてならない、

恐い、。

それしか出て来ない。



主治医は、
「2〜3日遅かったら手遅れになっていたかもしれませんよ、」と。



そう、ステントを必要とする患者さんの多くが
腫瘍よりも、管内の炎症によって亡くなられているという事実。
バイ菌が全身に渡ってしまうと手遅れなんだそうです、。

忘れてはならない。

この病気の裏にいつも潜む、
厳しい現実を。



せっかく短くしてもらったのに。

詰まりにくくしてもらったのに。

どうしてなの、?

そんな事をグルグルぐるぐる・・・。






今回も、母は至って元気。
何も知らない母が一番元気。^^;

見晴らしの良い、
日当りの良い一室で、
2度目の入院生活はすっかり慣れたもので、

あれやこれやと要るものリクエストを聞き、
明るく数日を過ごしましたとさ・・・。


でも今回も週末だったため
入院中 主治医はおらず、
前回より点滴が多かったのも気になりました。

膵炎防止の抗生物質を、念のためとはいえど、
退院の前日まで4日間たっぷり投与されました。

前回よりも緊迫してる感が否めない、、

素人には何が起きているのか、サッパリ分からない、。



でも、救いなのは、
主治医がとても冷静で落ち着いておられるところです。

私の質問にもしっかり答えてくださいました。

「マーカー値は確かに悪化していますが、
2度同じデータが出たら信用しても良いでしょう。
たまたま上がるという事もありますからね」と。

1月にまたPET・CTを撮ってみましょう、と。



お陰で少し落ち着いた父と私、。
先生が、来年の話を普通に出して下さるのが嬉しかった、、
1月も母は居るんだと、まだ検査できているんだと、
見えない未来が少し目に映るようで、嬉しいのです。




次回の腫瘍マーカー結果は果たしてどうなのか、。

数値は、簡単に言うと、癌の大きさを示すものだとか。

膵臓が悪化していないにも関わらず、数値が上がっている場合は、
“転移”が考えられる と。

またよぎる、右肺の影。




お願いおねがいおねがいおねがい、、

母を助けて、

おじいちゃん、大丈夫だよね、?助けてね、、




今回はまいりました、。
近くで毎日見ていてハッキリと分かるくらいに、
母の様子は良くなっていたし、モチベーションも上がっていたし、
少しずつ自信をつけていた矢先だったので、

どうして、、の想いが拭えず、

泣きました。

恐ろしくて、悲しくて、

今回は思いっきり泣いてやりました。笑






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2014年7月27日日曜日

まだ見えない。まだ見れない。

毎日、「膵臓癌」に関するサイトやブログを拝見しています。


特に、
同じ方法で頑張ってらっしゃる方の貴重な記録を覗かせて貰った時は、
じ、、時間が足りない、、!




皆さん、あの手この手、藁にもすがる思いで生きておられます。


もちろんそれはとても心強い情報で、
本当は明日も、明後日も、
その方達の闘いを順番に追い続けていきたい。


でも最近はね、
“今”どうされているか、を
先に確認してしまう。


例えば、拝読し始めた記事が2年前のものだったら、
すぐにトップページへ行って、
その方の息づかいを探してしまいます。





どうしてか、。






応援しながら、力をいただきながら進んだ先で、

“旅立ちました”と

ご家族が代筆されている最新記事を見るのはとても恐いから。



とっても恐い、。

息ができなくなります。





よく目にする「5年生存率」を信じてはいないけれど、
私は母の力しか信じていないけれど、




それでも、、
同じように頑張ってこられた方が
今もういらっしゃらないという現実は、
私をまた恐怖の闇へ押し込みます。




私にはまだまだ恐ろしくて、
5年後どころか今年の秋すら考える余力はありません。



だからね、
どうしても今は、現在闘病中の方のブログしか読めないんです、。





2014年5月25日日曜日

ステント処置後に気をつける事(黄疸チェックも忘れずに)

最近は、浴層が寝室代わりになりつつあります。^^;


夜は、母がしんどそうに溜息をつくと不安になります。
なかなか眠れず、辛そうに寝返りをうつ度に目が覚めます。


今すぐに新居と実家の家事を両立させるのは
やっぱり難しく、、
頭を休める時間がなくて、
唯一、半身浴中に眠れるのです。(しかも結構グッスリ。。^o^;)

冷えとりしながら熟睡!一番良いんじゃない??
ナーンテ。笑

でも、お陰で体がなんとかもってくれているのかもしれません。
ありがとね、私の体。 パワーチャージはお風呂場でしっかりお願いね、。





退院後の母は、しんどそうではありますが
それでも入院中よりは元気で、
虎のような鼾に悩まされる事もないし(爆)、
我が家というのは自由で落ち着くもの。^^

少し調子が良いと、よく喋りますし、テレビを観ながらみんなで笑います。

先日の主治医の言葉は夢だったの??と思うくらい、
これまでと何ら変わらない時間。

唯一、痛々しい身体だけが、私達家族を現実に引き戻します。




退院後は1日3回、体温を計測。

胆管に通しているステントは外れやすいゴムチューブタイプなので、
外れると腹痛や高熱が出るのだとか、、。
(そんな説明で、よく退院許可を出したもんだよ、先生。。
家族は不安で仕方がありません。
あぁ、そうですね、“残り”を配慮して下さってるんでしたね。)


冷えとりをしている事もあってか、
母の体温はだいたい36.7度くらいをキープ。
うんうん、バッチリです♪


痛みの確認はそれとなく、食後のタイミングに聞き出して、
黄疸もチェック。顔色、白目の色、身体全体の肌色。

何か異変があればすぐに連れて行かなくちゃ。



不調がめんげんである事も考えられるので、
何か変わった事があれば、メモメモ。
(841さんにもご相談させて頂いています。^^)
便の回数や状態もチェック。



ほらね、
うるさいド素人ナースの姿が見えてきたでしょう?笑



2014年5月19日月曜日

冷えとりで膵臓癌が見付かった??

まだ、一度も泣いていません。


主治医からの恐ろしい言葉を耳にした時も、
不思議と私は泣かなかった。

泣きたい気持ちよりも、
“大丈夫。絶対に助けてみせる!”という覚悟と決意の方が上回っていたんです。

もちろん、気を抜いたらジャージャー雨の大粒涙が流れるかもしれませんが(笑)、
私達に、泣いている時間はない。嘆いている場合ではない。

だって、私達が弱気になったら、母をサポートできないもの。




ここまで私をガードしてくれているものは、何か?

宗教でもない、魔法のお薬でもない、

自ら体験した「冷えとり」の存在です。


この精神力を築き上げてくれたのは、お腹の中の病巣たちなのかもしれません。

自分の病気が分かったあの時から、
どうも既に、レールが敷かれていたような気がしてならないんですよね。^^;

じゃないと、
とっくに崩れてる。



確かにまだ、未来は恐い、。

来年、母はどこに居るだろうか?・・・

毎日怯えています。

でも、不思議な力が動き始めているのも確かなんです。



私の引っ越しが遅れた事、
連休前に救急で診てもらえた事、
黄疸が出た当日、すぐに減黄処置をしてもらえた事、
西洋医学とは別の考え方を、オタッキー娘が持っていた事(笑)、

そして、「冷えとり」をちょうどしっかり始めた頃から、
母の体調に変化が表れた事。


これは不思議で、
冷えとり靴下を寝る間だけ二足履きしてきた母が、
体調が悪いというので、

「一度、騙されたと思ってしっかり半身浴してみたら?」なんて
勧めてみたのがきっかけでした。

これまで烏の行水だった母が、
20~30分程、半身浴をするようになり、

その頃から(約2週間でしょうか)、
食欲が減り、食事の好みが変わり始め(好きだったパンが食べにくくなってきました)、
体重が急激に落ち始めたんです。



検査の腫瘍マーカーは正常値。
転移も今のところなし。
なのに末期?(もちろん、膵臓の数値は出にくく、マーカー自体は指標でしかないのは理解していますが。)



冷えとりを始めると、
奥にあった病気が見付かる、というのをよく聞きますし、

母の身体も、めんげんによって不調を知らせてくれた!としか思えないのです。



だからね、きっと母は大丈夫。

右足の親指の爪の変色は、
消化器(膵臓)からの毒出しです。

これは随分前から出始めていたんです。

たったの二足履きでも、
体は、毒出しを始めてくれていた。

食欲が減ったのも、体重が激減したのも、
毒出しが始まっていた証拠だと思っています。


本来の体の力を、神秘を、私は信じます。




“信じる力”が如何に凄いかを、
今日、心友が教えてくれました。

細胞全てを司る、“信念”。

私はこのはかり知れない力を、必ず味方につけたいと思います!



2014年5月16日金曜日

冷えとり作戦準備!

検査当日の夕方から入院し、
絶食開始。
点滴のみ。

母にとって、これが何より精神的に堪えたようで、
弱っていく母をベッドに残し 帰る辛さといったら、、。



それでも減黄処置後は順調で、
黄疸のビリルビン値が9→5に減ってからは、
顔や体の色も肌色に近づき、尿の色も正常に。

少しずつ食べられるかもね、なんて主治医に言われていたもんだから
気持ちも少しUPしかけていたのに、
どこから食い違ったのか、
母に“痛みがある”と思いこんでいた主治医は、
「当分ご飯は無理かな」と再度母に伝えたようで。

その言葉で再び気力を失った母は、
私達がベッドに顔を近付けるなり

「もうあかん、、」と訴えました。

「来んかったらよかった、、」と。まるで子供のように。



力無い声に、恐怖が襲いましたね、

本当に消えてしまいそうで、本当に恐ろしかった、。

どうすれば、、 どうすれば、、 と。



え?どうすれば・・・?

いやいや!迷っている時間はなーーーい!!!



私は冷えとりCharm!(いや、だから、誰やねん。笑)

いつやるの?


今でしょ!!(旬を過ぎてもおかまいなし!)フンガー!!!p(`¨´)q



入院中だって冷えとりするのだ!!!